水のようだ

わたしの傍らに(いつまでかは不明だが)留まるひとなのか、わたしの身をすり抜けていくだけのひとなのか、その判別が。もう分かってしまう、分かるようになってきた、未だ具現化されていない期待へ胸を膨らませ黄色い声をあげることを、わたしはもうしない。

あれだけ肌を重ねた相手なのに、彼らの顔が思い出せない。声も再現することが出来ない。思い出せるのは、よれていた襟の形とか、頸の骨の具合だけ。どうやらわたしは、視覚で物事を捉えようとしていないらしく、触覚だけはだらしないまま鋭くなる。

ちゃんと人を見ていないのは、わたしも同じだ。

こんなにも、焼き付かすものを持たないわたしはきっと巧くやれるだろう。