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あまりにも美しい口上筆記(ラジオ)

「結論を先に言おう。驚くことに、だ。愛に飢える必要も、愛を諦める必要も、愛を恥ずべき必要も、愛を憎む必要も、あなたには最初から、全くない。

AMラジオのパーソナリティーを始めて二年を過ぎるまでの間に、僕は様々なことを知った。物知りになるのは悪い気分じゃない。でもそこには、常に知りたくもないことまでが含まれている。この国の国民がこれほどまでに恋愛に飢え、恋なんてしてないさと信じ込んでる奴さえがあらゆる形で恋に飢え、ほとんどの精神生活を恋と恋の妄想に費やし、あらゆるジャンキーがそうであるように、依存の後遺症によって一歩も動けなくなってることがその一つだった。ソウルバーでこんなことを言うのはちょっと大胆だが、はっきり言おう。ハンドルを右に切って、恋なんてやめちまえ。全ての妬みの根源、愛への全ての障壁はそこにある。

僕には二十世紀、ものすごい可愛い恋人がいた。どのくらい可愛いかといえば、デートして一緒に歩いていてもナンパと水商売の勧誘が全く止まらず、五メートル進むのに一時間もかかるので、デートにならないのだった。ある日など、公園のベンチでキスしていたらナンパされた。瞳孔を完全に開かせて彼女に愛の言葉を捧げる男に対して、僕はこう言うしかなかった。「あのさ俺たち今キスしてんだけど」でも彼には全く聞こえなかった。僕が言うより一瞬早く、彼女は僕が言おうとしていることを言った。「気持ちはわかるわ、じゃあね」再びキスしながら歩き去る僕らに対して、彼がとった行動を想像できるだろうか。十メートル歩いて振り返ったら、彼はなんと、オーアールズィー、その場でひざまずき、涙を拭っていたのである。懺悔する南部の労働者のように。

そして、彼女は完全に頭がおかしかった。美しいものを妬んでそれでよしとしている人間はお気楽だ。まずは父親の視線がおかしくなる。やがて彼女のパパは、風呂に入っていると必要以上に体を洗いに来た。母親は嫌味以外何も言わなくなり、やがてにらみつけるだけになった。どこに行っても男たちに欲情され、女たちにいじめられた。死んだネズミを口の中に入れられたことさえある。フェラチオするとき彼女は、必ずその話をしてからした。心の中で僕はこう言った。愛を。

だが、僕の祈りもむなしく彼女は体のあらゆる部分をカッターで切るようになり、僕と別れ、ノルウェーの精神病院に入った。彼女に言いたかった。寒い国なんかに行くな、亜熱帯を目指せ。彼女だけじゃない、傷だらけの美しいものたち全員に僕は言いたい。亜熱帯を目指せ、亜熱帯を目指してくれ。この曲のように。亜熱帯を目指すんだ。この不細工なソウルシンガーのように。

リトル・ビーバーことウィリアム・ヘイルは、第二次世界大戦終結と共にアーカンソー州で生まれ、十代でマイアミに移住した。そして様々な経験ののち、一九七五年にはマイアミソウルの最高傑作と言われるこの『パーティー・ダウン』をドロップする。ここでリトル・ビーバーは、ジョージ・ベンソンの『ブリージン』よりも一年早くギターとスキャットのユニゾンを披露し、リズムボックスとの共演をマイアミで果たしている。パーティー・ダウン、TBS以外でお聞きの皆さん、お名残り惜しや、ここでお別れです。

あまりの名残り惜しさからソウルバーでのタブーをちょっとだけおかすことにしよう。ソウルバーでは良い曲が終わると、どんなにもう一度聞きたいと思っても次の曲が始まり、人生が進む。皆さんがもう一度お聞きの曲はリトル・ビーバー、そしてマイアミソウルの最高傑作『パーティー・ダウン』
異常気象によってまだ寒さに震えている人たちに夏の先取りを。五十年後この国は、タイやチェンマイと同じ気象になると予想されている。トロピカルカクテルで祝おう。僕らが暑く長い夜の住民になることを。」