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男と女が居た。
女は男のことが大好きだった。
男も女のことが大好きだった。
今日は特別な日だからと男は女に花を買った。そのままのあなたを愛してると男は言った。女は嬉しかった。

ある夜男はぐっすりと眠っていた。女は眠りに落ちることが出来なかった。時間を上手く流す為に、女は本棚に置いてあるアルバムを手に取った。それを見ることは初めてだった。
そこには男の今までの愛の痕跡が在った。机に飾られた花束の横には知らない女が写っていた。花を贈るのはわたしが初めてじゃなかったのだという、特に稀有でもない事実を女は初めて知った。知らない女達はみな柔らかい顔をしていた。男と愛し合っていた証拠だった。
女にだって今まで愛し合った男は居た。けれども女は受け入れられなかった。何度も何度も、今愛されているのはわたしなのだと自分に言い聞かせた。しかしその度に、他の女と身体を合わせて喘ぐ男の姿が脳裏から離れなかった。

それから男は女を殴るようになった。女が毎晩毎晩泣き腫らすのに耐えられなくなったからだった。
男は女を泣きながら殴った。
ごめんなさいと女が悲鳴をあげる度に自分が責められている気持ちになってもっと殴った。
女は痛みから逃げたくて仕方がなかった。この恐怖が無くなるならわたしは何でもすると見えぬ神に縋った。

ある日男が車に轢かれて死んだ。
女はやっと解放されたと思った。
自分を縛る自分からも、男の暴力からもやっと解放されたと思った。


男の暴力から解放された女は自分の皮膚を切るようになった。何度も何度も、何度も何度も何度も何度も線を引いては垂れる血を見て落ち着いた。それが流れている内は、安らかに眠れる気がしたからだった。