読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

SASPL DEMO@渋谷

「デモなんかやったって何も変わらない」
「格好ばかりで何にどう反対しているのかまるで判らない。本を読んで下さいね」
「デモなんかしてるのはどうせお祭り騒ぎのクズ共だ」
「どうせリア充ばかりだろ。俺は今だって死んでしまいたいのに」
「デモって、何。怖いんだけど」
「うるさい。関わるな」
「政治とか詰まんないし」

ユキちゃんのスピーチ中、ふと渋谷の街を見渡した。カフェに居る人、雑踏を行く人、信号待ちをしている人、みんなが、本当にみんながわたし達を見ていた。カフェに居るカップルもお喋りを止めて身体を捻ってわたし達を見続けていた。街の人々の唇は停止し、瞳は一点をとらえ続けていた。
嘘みたいな光景だった。夢みたいだった。目の前の景色が信じられなかった。耳に絶え間なく飛び込んではわたしを刺し、そして大きく抱き締めるユキちゃんの言葉を聴いていたらこれが現実なのだと分かった。
サウンドカーにはSASPLの仲間が立っていた。後ろを見たら数え切れない程の人々のうねりが在った。
デモのこの日までの事が脳味噌を駆け抜けては光って飛んで行った。
人間を人間と認識するとまるで歩けないような人混みの街に轟くのは黄色いノイズではなく「私達は生きているんだ」という叫びだった。音楽だった。あまりにも、あまりにも美しい光景に涙が出た。
横に居るとうりに「みんなが見てるの」と言ったらとうりは一瞬にして涙を溢れさせ、泣いた。黒い瞳から透明の涙がとめどなく溢れていき、わたしはその表情があまりにも綺麗で、本当に本当に嬉しくて、泣いて泣いて泣いて泣いた。



2014年10月25日、渋谷。
SASPLは特定秘密保護法に反対するデモを行いました。

「民主主義って何だよ、教えてくれよ」
「これが、今ここで起こっているこれが民主主義だ」
特定秘密保護法反対、戦争反対」
何度も何度も繰り返したコールは、「わたしたちは生きているんだ」という叫びです。今ここで、今だってここで死ぬ事を選ばずに、必死に息も絶え絶えになりながら脚を繰り出し、それでも負けること無く僅かに光る尊厳を放棄する事無く生きているんだという叫びです。

リア充とか、幸せな奴なんかじゃありません。わたしだって毎日死んじまいたい。あいつを殺してわたしも死にたいという思いが生まれることだって何度もある。ただ、「毎日必死にやっと生きてるんだよ、簡単に殺すなよ、舐めんじゃねえよ」という怒りを、そして願いを現すひとつの形としてわたしは社会運動を選んだだけです。
それが音楽の人も居るでしょう。twitterの人も居るでしょう。ブログに書き起こす人も居るでしょう。自分にだけ叫び続ける人も居るでしょう。ただ、わたしは、人が塵の様に行き交う街に言わないと気が済まなかった。政治家等がクソみてえな政治を決めている官邸前で言わないと気が済まなかった。叫ぶからには伝えたかった。どこまでも伝えたかった。お前等も、生きてるって言ってみろ。生きてるって叫べよ、悔しくないのか。わたしは悔しかった。
ただ、あの渋谷の景色を観れて、そして2000人の人達と根底に流れる想いを共にし叫び、音楽という美しい発明に合わせ踊り合うことが出来て、わたしは本当に幸せでした。生きていて良かった。あの時あの時あの時死ねなくて良かった。心底そう思います。

頭ん中でぐるぐるとわたしを問い続けた「冷笑系」「ネトウヨ」「無関心層」と呼ばれる人達の声をずっと抱えていた。けれどわたしは政治の話を恐れながらも公に話した自分を、官邸前で抗議を行った自分を、そしてデモを行った自分を誇りに思う。
そして何よりも、SASPLの人達、デモに来てくれた人達、わたしはあなた方の事が大好きだと心の底から思いました。あなた方を傷付ける奴は片っ端からわたしがブン殴る。それがわたしにとっての戦争反対です。