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2013.10

モロッコ行ったって渡米したってどうせ今を嫌がるんでしょ

うらやましいなうらやましいなうらやましいなうらやましいなうらやましいなうらやましいなうらやましいな黄色くなっちまってるよホラ。

2013/10/01 (Tue) 19:01

 

 

しゅんしゅんしないんだよね

2013/10/02 (Wed) 21:45

 

 

ドントトラストオーヴァーサーティー

ドントトラストオーヴァーサーティー

昨日仕事場である旅館まで行く車の中で同じクラスの娘に「はやく卒業したい」と言ったら前で運転してたリーダーである女性に笑われた。贅沢な悩みだねって。

彼女はもうおばさんと呼べる年齢で、母でもあるらしく、そんな一人の人間を産み出し大きくするなんていうでっかいことやった人から見たらわたしなんか青くせえガキで一丁前にうんうん唸ってる未熟者でしかないんだろうな、と分かりつつも、恐いなあと思った。

真っ暗な吹き溜まりのゴミみたいなところから脱したい脱したいでも生活をしなければと這い蹲って煙を食べてうんすうんすやってるその苦しみをオトナはひとわらいで「大した事ない」に転がし終わらせてしまう。あんなに重いのに。わたしにとってはどうしようもないくらいでっかくて重いのに。「フン」という一息で。こえーな。

そう考えると否定とか憤りとかそんなアツイものではなく、漠然と「オトナにはなりたくない」と感じてしまう。

ドントトラストオーヴァーサーティー。

でも力也も禎子もとうに30は過ぎてるんだよね。

彼彼女らはオトナではないよ。

少なくとも、わたしからしたらそうだったよ。

2013/10/05 (Sat) 16:22

 

 

『 「何かから逃げるように会っていた人と段々会わなくなっていて、あんなに“会わなくちゃ会わなくちゃ、会わなくちゃ濃くなってしまう麻痺が薄まってしまう”とばかりに会っていた人だったのにこの頃めっきり会わなくて、どうしてと思ったが答は明白で“逃げたくない”と思ったからだ」ということを今日少し(さっき)考えた。でもソレってわたしにとってその人が必要でなくなったということ。会いたいけどね。でも会わない方がいい気もするね。最初が「利用」という理由でくっつき、その内に色んな感情理由が生まれたとしても「利用」で始まったものは結局「利用」で終ってしまうのか。

自分がクズだなんてこと、彼・彼女らにわざわざ言われんでもわたしが一番知っとるよー。で、そこからだ。

「生きてんだよ、バカヤロウ」これを、わたしにも、世界にも、叫ぶ。生きてんだよ、バカヤロウ。てめえのオナニーに使うな。泣きそうになった。  』

2013/10/05 (Sat) 18:57

 

 

 

この研究は、われわれが他者の身体を見るときに何が起こるかに関する、従来からの議論に新しい視点を与えるものだ。例えばカントは次のように述べている。「性愛は、愛される者を欲望の対象に変える。ひとたび欲望が静まると、吸い尽くされたレモンが捨てられるように、たちまちその人は捨てられてしまう」。すなわち、われわれは見ることによって性的欲望でいっぱいになり、その欲望が一種の「精神盲」(mind-blindness)の状態を引き起こすということだ。個人を「主体性を有する存在」とみなす代わりに、その人物が「目的を果たす手段」、欲求を満たすための単なる入れ物と化してしまったのだ。カントは、肉体を見ることで、その肉体を持つ人物そのものが物理的な対象と化す現象について述べており、このような現象は「モノ化」(objectification)と呼ばれる。

 

しかし、心理学的な現実は、もう少し複雑なもののようだ。身体を見ることで主体性の知覚はされにくくなるが、経験に関する知覚は増えるからだ。研究者らは、「モノ化」という言葉は誤解を生むと述べている。

 

身体に意識を向けることが、相手の心について、一方では低く、他方では高く評価することにつながるという説は、「モノ化」という言葉と合致しない。なぜならこの説は、身体を見ることは、心を持たない物質としてその人を見ることではなく、経験の能力に優れた人物、すなわち、痛みや喜び、欲望、感覚、感情に対して敏感だが、主体性には欠ける人物として見ることだと示唆しているからだ。言い換えれば、身体に意識を向けることは、相手の心について考えなくなることではなく、心の再分配(redistribution)を行うことなのだ。

 

この研究は、重要な哲学的な疑問も提起する。デカルト以来ずっと、人間は生まれながらの二元論的存在であり、この世界は「魂の占める非物質的な領域」と、「物体の占める物質的な領域」とに分けられるとされてきた。しかし今回の心理学研究によって、人間は実際には「プラトン的」な二元論者であり、心には「思考し論理的に判断する心」と「感情や情熱に突き動かされる心」の二種類があるという、プラトンの思想に近いものの見方をしている可能性が示唆されたことになる。驚くことは、これらの異なった精神能力がたやすく切り替えられることだ。ちょっと肌が見えるだけで、「思考する者」は「感ずる者」へと変身するのだ。

2013/10/06 (Sun) 0:39

 

 

ポップ

「私どうしようもないから」と困ったように呆れたように笑ってそう言う彼女の首の右付け根に出来たばかりのような赤くて黒い痕を見付て、どうして男のひとは性交するとマーキングのように痕をつけるのだろうと思ってから、あ、女もか。同じか。というかわたしだな。わたしだ。と思った夕方まえ。

 

その痕をつけられたときにその娘は痛かったのかなあとかそれともやっぱり悦ばせようと自分のものとは思えん声を出してみたりしたのかなあとか素直に気持ちよ良かったのかなあとか薄薄考えた夕方。

 

きみに手紙を書こうと思ったけど書きませんでした夜。

2013/10/07 (Mon) 20:18

 

 

ある編集者の気になるノート : 立川談志が弟子に教えた、醜い嫉妬の解消法

翌日、談春(ボク)は談志(イエモト)と書斎で二人きりになった。突然談志(イエモト)が、

「お前に嫉妬とは何かを教えてやる」

と云った。

「己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来ならば相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩(やから)の固まりみたいなもんだ。だがそんなことで状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う」

2013/10/07 (Mon) 22:26

 

 

 

今の子たちはデメリットシステムの中で育てられるんですよ

あれをしてはダメ これをしてはダメ 何かすることのメリットより失敗した時のデメリットを教えられる

自発的に何かをすることは悪いことだと考えてしまうようになるんです

何もしないおとなしい子は教師にとって一番楽ですからね

ボクらはやらないとしかるんですが ムッとしてるのがわかるんですよ

なんで何もしてないのに怒られるのか そういう顔をする

2013/10/07 (Mon) 22:56

 

 

だから見なきゃよかったのに

一度手が届いてしまった錯覚(届いてなんかない)をしてしまったからとことんどうしようもない気持ちになる。

とことんだ。

 

また夜中に裸で泳ぎたい。海を。今度は髪の毛縛らずに。

2013/10/12 (Sat) 10:11

 

 

 

 

2013/10/12 (Sat) 23:10

 

 

自己認識、あるいは肯定にとてもよく似ている他者批判

「人にはうんざりするほど似ているところはたくさんあるけど、しかし基本的にはみんな違う人間なのだから「生き方に正解などない」とこう書いてしまえば何だか馬鹿馬鹿しいほど自明なことのように思えるけれど、これがなかなか難しい。美しさとか価値とかお金とか名誉とか知性とかそのほか何でもいいけれど―それら多くの欲望は自分ひとりでつくりだせるものじゃないからだ。それを欲しがる他者がいて初めてそれは価値になる(川上未映子『何のためでもない場所から(安心毛布)』)」

 

それを欲しがる他者がいてそれは初めて価値になる、とこの一文を読んでびびびっとしたお昼間それこそ安心毛布のなか。

それから、果たしてそれはほんまなのかと想像してみる。

誰もが欲しがらなかったとしてもそれに価値が無いとは言い切れない、がしかし誰かが欲するから価値なんでないのってこれはもう言葉の領域なんだけど。

びびびっと来たのはそこでなく。

「あなたは誰かに何かをしてあげて、それによって相手が喜ぶそのことを求めているんでないの」と言われたことがあり、それは本当にその通りで、この一文を読んで思ったのはああわたしは誰かから欲される、そこに自己価値を求めているのだやはりというところ。

それは他者肯定に限りなく似ていて、しかし全く違うのだ。他者否定であるのだよと。

小さい小さい王国を築き上げていく行為。

その王国にシルバニアですよと言わんばかりに配置するのが他者なのかい。それでもってそのシルバニアを欲しがるのもわたしであると。

他者に欲してもらいたく他者を欲するというこの入れ子状態。いかれこれ。

2013/10/13 (Sun) 16:00

 

 

わたしであり、あなたでなくちゃ(川上未映子『安心毛布』)

何にも比較できない何か。誰かにとやかく言われようのない何か。学校や職場以外の場所にこそ、仕事や人間関係以外のものにこそ、自分にとって素晴らしいものがあるという自信をもつこと。もし今それがなければ、いろんな場所やものに触れて、そう思えるものを見つけること。今の自分の現実だけが現実ではないと知ること。世界に角度をつけること。本でも映画でも、信頼する誰かと昔に交わした言葉でも何でもいい。それは自分の殻に閉じこもってまわりを見ないようにすることとはまったく違って、何かひとつ、誰にもわかってもらえない自分だけの大事なものを見つけることが、明日また、学校や職場でがんばるためにちからになると思うのだ。人からどう思われようと、決して揺るがないものをひとつだけでいいから胸にもっておく。それは本当にわたしたちが困ったときに、わたしたちを必ず助けてくれるちからになる。

孤独の豊かさを知らなければ、何人と遊んでいたって満たされない。ひとりきりを過ごすことができなければ、誰といたって安心できない。自らをちゃんと考えるための言葉をまだじゅうぶんにもっていなかった少年少女時代をへて、そして、無数に存在する人間の中で、自分という得体の知れないものをもてあまして何もかもが過剰で苦しんだ思春期をこえて、ひとりでいること、孤独であることの―誰の目も経由しない、本当の淋しさと滑稽さと強さを知った人たちが寄り添うときにはじめて、お互いがお互いをもっと理解したいと思えるような、ずっと大切にしたいと思えるような、そんな気持ちに出会えるのじゃないだろうか。そこに誰がいてもよかったような関係じゃなく、わたしでありあなたじゃなくちゃいけなかったと心の底から思える―それが愛情でも友情でも、交わした言葉や視線や風景を思いだしさえすれば、今日もまた生きていけるような関係を、築くことができるのじゃないだろうか。

2013/10/13 (Sun) 16:12

 

 

冬ですね。

夏がやって来るとそれまで蓄えていた丸みがずんずんと無くなっていって、シューンとからだが変わってく。それと同じように、夏の暑さが退場すると再び蓄えがからだに付き始めるのだ。

体重は1キロしか増えてないというのに蓄えはもう目に見え始めている恐ろしさ。特に胴回り。これってどうなの。

安野モヨコの漫画で『脂肪という名の服を着て』という、体重に思考が囚われてしまう気持ちが分かる女子ならば誰しもがひょおおっとなる漫画がありますが、あんな感じ。ああこれは服ですね、と思うのだよ。

からだが「これから寒くなるぞ服を着るぞ生き延びるための栄養蓄えをば」と果敢に着膨れしていく感じ。

冬ははやく来て欲しいけれど(逢いたい人に逢えるということがすんごく大きいではないですか)からだよ、もう服は着なくていいからね、食欲も、もうそんな溌剌としなくたっていいからね、という夜。

2013/10/14 (Mon) 19:29

 

 

 

幸瓶

こっぴん

2013/10/23 (Wed) 18:42

 

 

わたしへのメモ

十万石まんぢう(うまい、うますぎる)

大森靖子DVD

写真

 

 

三つ編む用ゴム

リボンピン

2013/10/24 (Thu) 18:57

 

 

すきすき地獄

すきすき地獄

「好きって言って欲しそうだったし好きって言いたかったから好きって言ったのに好きを言ってしまってからその人とは二度と会えていないの」

2013/10/24 (Thu) 19:07

 

 

わかんないよね

怒ってるような曲を怒ってるんだか哀しいんだそれともぜんぶなのか知れない気持ちで泣きながらギター引いて怒鳴ってるわたしの気持ちなんかせんせいおとなたのしそうなだいがくせいあなたたちになんか分かんないよね。分かってたまるかって気持ちで這い蹲ってこっちはやってんだよ。何をだよ。何にもしてねえよ。何にも出来てねえよ。分かんないよね。分かんないよ。

2013/10/31 (Thu) 17:09

 

 

見たい映画めも

『なにもこわいことはない』11月16日~

 

母親殺すやつ 11月9日~

2013/10/31 (Thu) 17:10