最強でいてよ僕の特別

初めて聴いたときから今の今まで「この曲わたしのこと歌ってる、気持ちいい」と思う曲を作り続けている、わたしにとって特別な超歌手が居る。

彼女の歌う曲はわたしだから、わたしの光だから、愛する人に教えてみたことがあった。言われた言葉は「消してくれない?あなたが手首を切っている想像をしてしまって辛い」だった。
彼女に投げつけられる言葉は未だに廃れない「メンヘラ」という下らない死語。

それからというもの、わたしは愛する人に彼女のことを教えないようになった。それは誰であっても同じことで、「わたしにはもっと特別で、もっと好きで、嬉しくて、キラキラしていて、圧倒的な地獄の最中すらファンタジーにしてしまうものがあるけれど君は分からなくていい」とずっとずっと胸の奥に大切にしまって宝物のように握り締めていた。
どうせ分からないんでしょうという感情と共に。
彼女を否定されることは、わたしを否定されることと同義だから。これはわたしの業だから。

わたしの特別を教えないこと、それはそれで良いのだ。簡単に分かられてしまったら、せっかく汚れた意味ない。
わたしの好きなものを好きになる必要なんてマジで無いし、君のオススメに面白いものはひとつも無くてもそれでもなんか笑える毎日が逆に新しいって彼女も歌ってる。
わたしの愛する作品のことは、これからもわたしが愛し続ければそれでいいのだ。
僕の特別を取らないで。



彼女のライブ映像を観た彼が泣きながら電話を掛けてきた。彼の琴線に触れた証拠だった。
そんなこと、今まで一度だってなかったのに。


「わたしの夢は君が蹴散らしたブサイクでボロボロなライフを掻き集めて大きな鏡を作ること」

靖子ちゃんのタピオカ

ぼくを医者は救えない
ぼくを警察は守れない
あいつを法じゃ捌けない
だからといってきみにかけてしまってはいけない 負担とか 魔法とか 液体とか
ほらやっぱぼくとかいないほうがよかった

ぼくじゃぼくを救えない
ぼくじゃぼくを戦えない
もっと良い顔が欲しかったなって
この顔は幾千の視界を彩ったり 遮ったり 貫いたり してきたんだろう
気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い ぼくが一番
ぼくのこと 気持ち悪い 気持ち悪いって思ってるから もう誰も これ以上 呪いをかけないで

助けて 紅の淵に嵌っては 絶望に慣れた日々
助けて 歪んだ人生を真っ直ぐ生きるからぶつかって痛い 痛い
助けて っつって誰もこなくても平気さ ぼくがぼくを守るもの
叫んで喉が切れる血の味が好きなだけ
憂鬱は 季節に溶かして流してしまえ

きもい川



ぼくを生きるのはぼくだ
きみを生きるのはきみだ
それが交わるとかありえない
心は"ひとりひとつ" 付き合おうが まぐわろうが 歌おうが 結婚しようが
なんとなく "ふたりがひとつ" そんな気になれるだけ
気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い その先にだけ なぁ "ひとつ"じゃない "むげん"が拡がれよ

殺して 抱きしめて離さない大好きな何か それが心なら
殺して この心でダメならば僕は死んでも仕方ない
殺して きみはきみというだけで愛されるべきからだなのだから
きみは僕じゃなくてもリアルに生きられる
僕は僕じゃなきゃやっぱだめみたい

きもい皮




悪口を受け入れた瞬間それがぼくになる
誰かのつくったぼくで生きるのはもう飽きた
きもいかわ 剥がしてよ きもいかわ 流してよ
美しく生きたい 呪いを跳ね除けて

助けて

助けて 紅の淵に嵌っては 絶望に慣れた日々
助けて 歪んだ人生を真っ直ぐ生きるからぶつかって痛い 痛い
助けて っつって誰もこなくても平気さ ぼくがぼくを守るもの
叫んで喉が切れる血の味が好きなだけ
憂鬱は 季節に溶かして流してしまえ

きもいかわ

俺はバックホーンを聴いている

ブルータスお前もかどころじゃあない、もうここまで来ると「次は誰だ!お前か!」になってくる。
実はわたしが知らないだけで、この世には、警戒を解きはじめ心の柔らかいところを開いた瞬間背後から刺されるお決まりのパターンでも存在しているのか?
心を開くとか腹を割るとかそんなのあなたが勝手にやったことでしょうという幻聴が響くのですが大正解です。
ブルータスに刺されまくる人生なのにまだ誰かに対して開いたり割ったり出来る自分が生き残っていたみたいで、それが分かっただけ良かったよ。

この世には色んな人が居て、誰とも分かり合うことなんて出来なくて、けれどその分からなさこそ豊かだと思っているのもまだまだまだまだこの社会の恋愛市場の中ではマイノリティで、密室系が好きな人達がたくさん居て、わたしは全然人間の気持ちも世相も分からなくて、それでも「痛えー」とか「寂しー」とか自分のことばかり考えて救われることなんて無くて、わたしは誰かと交わることでしか綺麗になれないし、わたしの人生地獄のクソダルマだけれど悲しみに花を咲かせ人生は素晴らしいはずだと笑って見せつけない限り生き延びた意味が無いとすら思っているので、今回もこうして、バックホーンを聴いて、イカロスの空ヤベーなとグズグズおんおん泣いて泣いて泣いて、生きております。

わたしはきっとまた、自分の持つ鈍感な暴力によって大切な人を傷付けたのだろう。
あなたは正しい、それでもやっぱり、わたしだって正しい、そんなケンカも生まれぬまま終焉の幕が閉じられることなんていくらでもあるのだろう。

悲しいことにわたしはわたしにしかなれないし、それは希望になり得る。
強くなるには自分の弱さと徹底して真向かうしかなく、わたしはどんどん強くなる、わたしは強くて、あまりにも強くて、とても孤独だ。
それでもいい、誰かを自分の人生の人身御供にして傷付けるくらいなら、永遠に誰にも理解されず孤独に生きた方がマシだ。

何にも隷属せず、唯一の真の忠告者、孤独の言うことだけ聞くように。

ふとした時、誰かと居る時、自分のことがバケモノのように思えることがある。それでも世界の美しさ、人間の強さを諦めないまま生きていきたい。
そうしない限り、わたしはもう一歩だって進むことが出来ないのだから。

FULL


かつて、身を切るようにしてまで綴ってきた行為からすこし遠くに来たのだと思った。

わたしにはこれしかないんだと、唇を噛み締めながらずっと縋るように、探るように、時には衝動として、時には抜き差しならない静かな真実として、ずっと誰に話すでもない言葉を綴ってきた。

わたしの生肉に存在し、器官を通して発せられる言葉たち。
一体、どれだけのものを傷付けたのだろう。きっと、わたしの言葉にはある種の力がある。
力を持つということは、徹底して自己を監視するということだ。監視することを忘れたわたしは人を殴りつけ切りつけ、それを恐れた監視するわたしは言葉を使うことがほんの少しだけ怖くなる。

湿り気を帯び、本当に刺すべきもの以外すら刺してしまう武器ではなく、乾いた武器を持ちたい、愛するものの尊厳が踏みにじられたときに本当の意味で闘えるように という祈りのような決意は、まだ産まれたばかりだ。

わたしはもう、言葉を自分以外の誰かへ向かって発しようとしているのだと思う。それはきっと、あるかどうかも分からない光へ向かって暗闇のなかで手を伸ばしたときの、その光になり得るだろう。

わたしが産んだ、わたしだけの血だらけの光。

悼み


視界に飛び込んできた液晶から映る言葉は相変わらず彼の愚かさを露呈させたものだった。

わたしの名前が三回目に変わった日。

脳裏にまず浮かんだのは、昼間の白い光のなかで笑うわたしだった。
強いお酒を飲まないと眠れなくなって毎日酷いクマを目の下に浮かべて自失しているわたしでも、吐くまで泣きじゃくっていたわたしでもなく、痛む胸を引き摺りながら、あの坂道を登ってヘラヘラ笑っておどけて見せるあの頃のわたしだった。

「頑張ったね、辛かったね、痛かったね、ずっと欲しかったね、誰よりも一番、わたしがそれを欲しかったよね、もう大丈夫だよ、もう欲しがらなくていいんだよ」
そう言ってわたしはわたしを抱きしめて泣いて泣いて泣いて泣いた。

わたしの左腕には、きっと一生消えないであろう傷が残っている。
「わたしは物ではなく、切れば血が出る肉だ」という表明として、最後に残された手段として宿った傷だ。
やっと、この傷の愛しかたが分かった気がする。

誰も知らないわたし、誰にもあげないわたし、消したい過去がわたし、汚れちゃったわたしのキスでわたしが目を覚ます。

わたしの中に生まれたあの頃のわたしの墓石は、無敵だよって言うように白く光っている。

雪が降っていたのだ


たまには変えてみよう、と思い眠りにつく前に変更したアラーム音で目覚め、異様な身体の怠さと疲労と眠気を感じバイトへ行くことが出来なかった。
わたしは未だに普通に決められた通り働くことが難しくてしょうがない。
こんなんで今度、生きていけるのでしょうか。
「人生はリセット出来ないなんて言われているけれど、出来るんだよ」と友達は言っていた。彼が言うのなら、きっと出来るのだろう。よく分からない社会の言葉より、感覚に信頼をおいている彼の言葉を信じたい、それが普通にバイトへ行けないわたしが手に取れる選択の精一杯だ。

「あなたの呪いが解けて良かった」というようなことを手紙に書く。
呪いは呪いではなく降りつもる雪だ、雪、雪が降っていたのだ、呪いだと思っていたものは光であり、「こっちへ来いよ、楽しいぜ?」と語りかける。
ということが書かれていたのに、どうしてわたしは「解かれた」などと返事をしてしまったのだろう。
どこから、どこまで、惚けるつもりなのだと、やけにカラカラと音の鳴る重い頭を引き摺って今日も何も成さずに帰路へ着く。

生殺しにされていた時期と同じような体調の不良が現れている。
このままの生きかたをしていたら、きっとわたしはいつか限界が訪れ逃げることも出来なくなるのだろう。わたしはやはり、何かひとつの具体的な事象へ向かって走り抜けるようなことが出来ない人間なのだとまざまざと見せつけられてしまった。

頭がふたつあって悩む、それぞれに違う主張をしている、体を真っ二つに分けて、それぞれが違うほうへ行きたい、やっと呪文を見つけ出す、ドロシーがオズでしてきた冒険も全部0へ戻していきます、望みと違う、好みと違う、望みと違う、好みと違う、面白いんじゃない?面白いんじゃない?

水のようだ

わたしの傍らに(いつまでかは不明だが)留まるひとなのか、わたしの身をすり抜けていくだけのひとなのか、その判別が。もう分かってしまう、分かるようになってきた、未だ具現化されていない期待へ胸を膨らませ黄色い声をあげることを、わたしはもうしない。

あれだけ肌を重ねた相手なのに、彼らの顔が思い出せない。声も再現することが出来ない。思い出せるのは、よれていた襟の形とか、頸の骨の具合だけ。どうやらわたしは、視覚で物事を捉えようとしていないらしく、触覚だけはだらしないまま鋭くなる。

ちゃんと人を見ていないのは、わたしも同じだ。

こんなにも、焼き付かすものを持たないわたしはきっと巧くやれるだろう。