透明な乾いた武器

焼け付くような感情が、強烈な眩さゆえに周りを焼き尽くすような閃光となって、ゼロよりも速く駆け抜けていく。

圧倒的な、絶対に叶わない最強の光に木っ端微塵にされたい。

わたしという人間を散り散りにして、その美しさで焼き尽くしてほしい。

やさしいが一番強いって分かってるのに、わたしは自分の手から少しずつ失われていく刃の切っ先を惜しんでいる。

闘うべき時に、愛するものの尊厳が踏み躙られた時に、刺したい相手を、その部位を、確実に刺し殺せるような、透明な乾いた武器を研ぎ澄ませばいいだけ。

 

わたしちゃんとできてるかな

 

 

 

 

 

 

 

 

25歳

しあわせだと文章が書けない、最悪

 

そんなことを書いてそれから止まってしまっていた。

数ヶ月前に生き地獄みたいな職場を辞めて、数週間前から新しい職場で働いている。

生き地獄みたいな職場、電話で「鬱になったから辞めます」って言ったらあっさり受諾された、削ってくるやつらなんていつだってそんなもんだった。

 

働きたくない、働けない、働くだけで産まれてきたことを後悔してとっとと人生終了させてしまいたくなるわたしは今もいつも通り順調に不幸だった。

 

職場からの帰り道、駅のプラットフォーム一番先頭に並んで電車を待って、滑り込んできた電車に乗り込んだ。空いている席を見つけたので座ろうとしたら、唐突に後ろから思いっ切りタックルされた。驚いて振り返ると知らないババアが狂人を見るような目でこちらを見ており、ババアは尻をドスンと落として空いていた席に座った。ババアの眉間にはずっと皺が寄せられていた、まるで言い訳のポーズのように。

こんなことがあるだけで、一生懸命頑張って立てていた気がバキバキに折れてしまう。その場に座り込んで、なれるものなら石ころか何かにでもなってしまいたくなる。とりあえず無機物がいい。

 

わたしはしあわせになって、再びすこし弱くなった。

強くなりたい。死にたいじゃなくてぶっ殺すに戻りたい。

 

電車の窓から夜を見ていたら「ラーメン」と赤く描かれたネオンがビカビカギラギラ煌っていた。

綺麗だなとおもって、すこしだけ泣いた。

パンク、ロック、ヒップホップ

毎日がしあわせで、楽しくて、泣いたり怒ったりすることもあるしストロングゼロ飲んじゃう夜もたまにあるけれど、それでもやっぱり手作りの毎日としあわせをヤっている。

 

毎日がしあわせで、今までと比べたら驚くほど平和だ。

わたしは、これがいい。

 

毎日がしあわせで、毎日が平和。

わたしの言葉はカウンターだから、最近文章が書けなくなってきた。

 

 

 

生根(しょうね)

気を抜くとすぐ、苦しいとか寂しいとかこんな自分で居たいだとか自分のことばかり考えてしまう。

どうであろうと自分自分言ってるやつは最悪だ。

 

自分の学習しなさ加減にほとほと嫌気がさすと、もうわたしの持つ欲求なんて「これ食いたい」「酒飲みたい」「眠い」程度に収縮してしまわないかなと思う。抱きしめて欲しいとか行かないでとか、何でもいいけど、そういった類の欲求がどんどんどんどん薄くなって、消えて、昇天して、わたしは本当にわたしのことなんかどうだって良くなる。わたしのことはどうでも良いので、大切にしたいと思うものに対して思いを巡らせることができる。上手に微笑むことができる。(心の底から)

 

そんなことを、はった湯のなかで考えていた。

わたしはドロドロした人間だからこそ、誰かと交わることでしか綺麗になれないというのに。

もっともっと強くなりたい、決して誰にも願われぬまま、わたしだけがわたしに対して強くなれと拳を握りしてめて祈りつづけられますように。

 

いつまで余韻で生きてんの

ぬるい幸せがこのまま続きますように

夏の終わりに新しい土地へ引っ越してきた。

そこは住所に「高いところでっせ」という意味を持つ漢字が3つ入っていて(マンション名も入れたら4つだ)、毎日が登山。

家までの長い階段と急な登り坂を進むのにも少しずつ慣れてきている。きっと半年後にはわたしの脛は逞しいことになっているだろう。

 

昼休みにはコーヒーを飲みに行くんです、と告げたら穴場の喫茶店へ案内された。別に頼んでいないけれど、普段世間話などあまりしないと聞いていた人からの誘いだったのですべからく従う。その人は歩く速度が速く、あまり笑わない。

案内してもらった喫茶店は煙草が吸えたので「やるじゃん」と思った。

食事のメニューが皆無だったので「おい」と思った。

それでもその店から出ようとしなかったのは、わたしが不器用な優しさに弱いからだ。案内してくれた彼のことを考えると空腹なんてどうでもいいことだよなあと思いながら3時間ぶりの煙草を吸う。自分の空腹は、多分どうでもいいことなんかではないんだろうな。

 

家に帰ると愛する人が居る。

新しい土地に越してきてから、今日までずっとそうだったようにこれからもきっと基本的にそうなのだろう。

 

昨日風呂を掃除しながらHINTOを聴いていたら「ぬるい幸せがこのまま続きますようように」みたいなことをコウセイが歌ってた。

それは本当にそうだよ。

わたしの異様な人生にこれ以上の刺激なんて別に欲しくないから、願わくば、わたしの大切なひとが健やかに毎日を送れますように。願わくば、わたしがわたしの大切なひとを大切に出来ますように。

 

アーメンアーメン

武器

「最初から希望とか歌っておけば良かったわ」


ずっとそれの繰り返し。大丈夫も愛してるも全部リスク回避の為のヒントなの?


愛も夢も一緒に見た景色も「いつか」の約束も全部意味なかった、意味なかったそれらに何かを見出す闘いをずっとずっとしてる、大丈夫じゃないわたしを見られることはいつだって怖い、まだまだ全然怖い。だって誰も削りたくないから。わたしを理由にしたバクワラ舞台を開催して欲しくないしね、あなたが憧れたわたしって本当はこんな形をしているんだよ、駄目だね本当に全然分かってない、わたしの強さも弱さも美しさも汚さも、全然分かってないんだから頼むから憧れだなんて言わないで、それ怖くて仕方がないよ。


わたしは物語じゃなくて生きてる肉なの



夜じゃなきゃバイトも出来ないし、人に言えないようなことたくさんしてきたね、わたしはわたしを引き摺って毎日生きてる、こうしている間にもわたしは毎日死んで生まれ変わって、わたしはわたしの亡骸を引き摺って歩いてる。傷付いてしまうくらいなら、触らないでいいよ。


いつまで余韻で生きてんの


最強でいてよ僕の特別

初めて聴いたときから今の今まで「この曲わたしのこと歌ってる、気持ちいい」と思う曲を作り続けている、わたしにとって特別な超歌手が居る。

彼女の歌う曲はわたしだから、わたしの光だから、愛する人に教えてみたことがあった。言われた言葉は「消してくれない?あなたが手首を切っている想像をしてしまって辛い」だった。
彼女に投げつけられる言葉は未だに廃れない「メンヘラ」という下らない死語。

それからというもの、わたしは愛する人に彼女のことを教えないようになった。それは誰であっても同じことで、「わたしにはもっと特別で、もっと好きで、嬉しくて、キラキラしていて、圧倒的な地獄の最中すらファンタジーにしてしまうものがあるけれど君は分からなくていい」とずっとずっと胸の奥に大切にしまって宝物のように握り締めていた。
どうせ分からないんでしょうという感情と共に。
彼女を否定されることは、わたしを否定されることと同義だから。これはわたしの業だから。

わたしの特別を教えないこと、それはそれで良いのだ。簡単に分かられてしまったら、せっかく汚れた意味ない。
わたしの好きなものを好きになる必要なんてマジで無いし、君のオススメに面白いものはひとつも無くてもそれでもなんか笑える毎日が逆に新しいって彼女も歌ってる。
わたしの愛する作品のことは、これからもわたしが愛し続ければそれでいいのだ。
僕の特別を取らないで。



彼女のライブ映像を観た彼が泣きながら電話を掛けてきた。彼の琴線に触れた証拠だった。
そんなこと、今まで一度だってなかったのに。


「わたしの夢は君が蹴散らしたブサイクでボロボロなライフを掻き集めて大きな鏡を作ること」