ランタンパレードを聴いている

音楽で癒せない痛みや苦しみがいくらでもある

これみよがしの繊細さ いやそれは面の皮の厚さ

風が悪びれずに様々な葉を散らしてしまう

 

だけど今もどこかの曇り空の下で誰かが太陽の光を見つけている

 

ああ、みんながみんな拒否をすれば良かった

みんながみんな怖がれば良かったのだ


だけど今もどこかの青空の下 母と子が手を繋いで朗らかな声を上げ歩いている

 

 

天国でも地獄でもない場所で色んな液体を流しながら生きている

それでも進んでいかなければならないというわけではないはずなのに

意味を生きる 自分の存在が無くなることと その時に伴う苦痛への恐怖だけが 人を突き動かしているというのか

いや そうではないと おもいたい

畜生なぜだか 悔しい気持ちでいっぱいだ

彼女に言い忘れた言葉

ただ日々を生きる

別れを惜しんでいつまでも手を振る一人の男が手を振るのをやめて背を向ける瞬間の感情を切り取ってみたりしながら

もし人が醜いだけの存在なら、世界はもっと醜悪でもあっていいはずだ

都合のいい奇跡なんて起こらないだろう

響きのいい言葉に踊らされたくないけれど

この先何が待ち受けているかなんて分からない 今から分かりたくもない

崇高な魂なんて持ち合わせちゃいない

でも 否定できないものがあることを 知っているつもりではいる

ああ なぜだか 悔しい気持ちでいっぱいだ

彼女に言い忘れた言葉

 

流転する草

「根無し草としてしか生きられない」といつかの友達が書いていた言葉を読んで、わたしもそうだよと心のなかで呟いてから煙草を揉み消して仕事へ行った。

 

わたしは仕事が嫌いだ。

今の職場は、家から遠いことと、派遣雇用だからいつ職を失うのかとたまに翳ることくらいしか分かりやすく精神へ響く困り事が無い。

わたしにしては珍しく虐められもしないし、仕事もそこそこ覚えてきた。

昼休憩以外の、確約された10分休憩もある。これは、ド観光地にある個人経営の飲食店や歯科医院、はたまた夜のお姉さんとして働いてきた自分にとって初めてのことだ。

それでも仕事が嫌いだ。

苦痛で苦痛で仕方ない。

出来れば家に居て、好きなひととずっとくっついていたい。

その日観た映画の話を、帰ってきた好きなひとに伝えたい。

好きなひとと一緒に食べるご飯を、音楽を流して踊りながら拵えたい。

その日の雨や太陽に、雨や太陽というそれ以上の意味を与えたくない。

「5日間も休んじゃったな」と思いながらタイムカードを見返したら、7日間休んでいた。

仕事の無かった日々はキラキラと煌めいて、生き生きと飛び跳ねる感情は自由で、あんなにも幸福に一瞬で過ぎ去っていた。

残酷だとおもった。

 

今の職場で働きはじめて、まだ2ヶ月と少ししか経っていないのに「ここに居すぎたな、もう全部棄てたい」と思い始めている。

わたしはいつだってそうだ。

職場で話しかけられることはストレスで、プライベートに関することになればなるほど、窮屈に感じる。

放っておいてください、と思いながら、何にも気付いていない眼を作る。でも人は放っておいてくれない。

 

みんなどうしてるんだろう。

「みんな」になんて興味無いくせに。

「あなた」にしか興味が無いから、ずっと生きることが大変なくせに。

あなたをあなたとして見ていたら心が壊れてしまう場所に、わたしは明日も行く。

 

透明な乾いた武器

焼け付くような感情が、強烈な眩さゆえに周りを焼き尽くすような閃光となって、ゼロよりも速く駆け抜けていく。

圧倒的な、絶対に叶わない最強の光に木っ端微塵にされたい。

わたしという人間を散り散りにして、その美しさで焼き尽くしてほしい。

やさしいが一番強いって分かってるのに、わたしは自分の手から少しずつ失われていく刃の切っ先を惜しんでいる。

闘うべき時に、愛するものの尊厳が踏み躙られた時に、刺したい相手を、その部位を、確実に刺し殺せるような、透明な乾いた武器を研ぎ澄ませばいいだけ。

 

わたしちゃんとできてるかな

 

 

 

 

 

 

 

 

25歳

しあわせだと文章が書けない、最悪

 

そんなことを書いてそれから止まってしまっていた。

数ヶ月前に生き地獄みたいな職場を辞めて、数週間前から新しい職場で働いている。

生き地獄みたいな職場、電話で「鬱になったから辞めます」って言ったらあっさり受諾された、削ってくるやつらなんていつだってそんなもんだった。

 

働きたくない、働けない、働くだけで産まれてきたことを後悔してとっとと人生終了させてしまいたくなるわたしは今もいつも通り順調に不幸だった。

 

職場からの帰り道、駅のプラットフォーム一番先頭に並んで電車を待って、滑り込んできた電車に乗り込んだ。空いている席を見つけたので座ろうとしたら、唐突に後ろから思いっ切りタックルされた。驚いて振り返ると知らないババアが狂人を見るような目でこちらを見ており、ババアは尻をドスンと落として空いていた席に座った。ババアの眉間にはずっと皺が寄せられていた、まるで言い訳のポーズのように。

こんなことがあるだけで、一生懸命頑張って立てていた気がバキバキに折れてしまう。その場に座り込んで、なれるものなら石ころか何かにでもなってしまいたくなる。とりあえず無機物がいい。

 

わたしはしあわせになって、再びすこし弱くなった。

強くなりたい。死にたいじゃなくてぶっ殺すに戻りたい。

 

電車の窓から夜を見ていたら「ラーメン」と赤く描かれたネオンがビカビカギラギラ煌っていた。

綺麗だなとおもって、すこしだけ泣いた。

パンク、ロック、ヒップホップ

毎日がしあわせで、楽しくて、泣いたり怒ったりすることもあるしストロングゼロ飲んじゃう夜もたまにあるけれど、それでもやっぱり手作りの毎日としあわせをヤっている。

 

毎日がしあわせで、今までと比べたら驚くほど平和だ。

わたしは、これがいい。

 

毎日がしあわせで、毎日が平和。

わたしの言葉はカウンターだから、最近文章が書けなくなってきた。

 

 

 

生根(しょうね)

気を抜くとすぐ、苦しいとか寂しいとかこんな自分で居たいだとか自分のことばかり考えてしまう。

どうであろうと自分自分言ってるやつは最悪だ。

 

自分の学習しなさ加減にほとほと嫌気がさすと、もうわたしの持つ欲求なんて「これ食いたい」「酒飲みたい」「眠い」程度に収縮してしまわないかなと思う。抱きしめて欲しいとか行かないでとか、何でもいいけど、そういった類の欲求がどんどんどんどん薄くなって、消えて、昇天して、わたしは本当にわたしのことなんかどうだって良くなる。わたしのことはどうでも良いので、大切にしたいと思うものに対して思いを巡らせることができる。上手に微笑むことができる。(心の底から)

 

そんなことを、はった湯のなかで考えていた。

わたしはドロドロした人間だからこそ、誰かと交わることでしか綺麗になれないというのに。

もっともっと強くなりたい、決して誰にも願われぬまま、わたしだけがわたしに対して強くなれと拳を握りしてめて祈りつづけられますように。

 

いつまで余韻で生きてんの

ぬるい幸せがこのまま続きますように

夏の終わりに新しい土地へ引っ越してきた。

そこは住所に「高いところでっせ」という意味を持つ漢字が3つ入っていて(マンション名も入れたら4つだ)、毎日が登山。

家までの長い階段と急な登り坂を進むのにも少しずつ慣れてきている。きっと半年後にはわたしの脛は逞しいことになっているだろう。

 

昼休みにはコーヒーを飲みに行くんです、と告げたら穴場の喫茶店へ案内された。別に頼んでいないけれど、普段世間話などあまりしないと聞いていた人からの誘いだったのですべからく従う。その人は歩く速度が速く、あまり笑わない。

案内してもらった喫茶店は煙草が吸えたので「やるじゃん」と思った。

食事のメニューが皆無だったので「おい」と思った。

それでもその店から出ようとしなかったのは、わたしが不器用な優しさに弱いからだ。案内してくれた彼のことを考えると空腹なんてどうでもいいことだよなあと思いながら3時間ぶりの煙草を吸う。自分の空腹は、多分どうでもいいことなんかではないんだろうな。

 

家に帰ると愛する人が居る。

新しい土地に越してきてから、今日までずっとそうだったようにこれからもきっと基本的にそうなのだろう。

 

昨日風呂を掃除しながらHINTOを聴いていたら「ぬるい幸せがこのまま続きますようように」みたいなことをコウセイが歌ってた。

それは本当にそうだよ。

わたしの異様な人生にこれ以上の刺激なんて別に欲しくないから、願わくば、わたしの大切なひとが健やかに毎日を送れますように。願わくば、わたしがわたしの大切なひとを大切に出来ますように。

 

アーメンアーメン