パンク、ロック、ヒップホップ

毎日がしあわせで、楽しくて、泣いたり怒ったりすることもあるしストロングゼロ飲んじゃう夜もたまにあるけれど、それでもやっぱり手作りの毎日としあわせをヤっている。

 

毎日がしあわせで、今までと比べたら驚くほど平和だ。

わたしは、これがいい。

 

毎日がしあわせで、毎日が平和。

わたしの言葉はカウンターだから、最近文章が書けなくなってきた。

 

 

 

生根(しょうね)

気を抜くとすぐ、苦しいとか寂しいとかこんな自分で居たいだとか自分のことばかり考えてしまう。

どうであろうと自分自分言ってるやつは最悪だ。

 

自分の学習しなさ加減にほとほと嫌気がさすと、もうわたしの持つ欲求なんて「これ食いたい」「酒飲みたい」「眠い」程度に収縮してしまわないかなと思う。抱きしめて欲しいとか行かないでとか、何でもいいけど、そういった類の欲求がどんどんどんどん薄くなって、消えて、昇天して、わたしは本当にわたしのことなんかどうだって良くなる。わたしのことはどうでも良いので、大切にしたいと思うものに対して思いを巡らせることができる。上手に微笑むことができる。(心の底から)

 

そんなことを、はった湯のなかで考えていた。

わたしはドロドロした人間だからこそ、誰かと交わることでしか綺麗になれないというのに。

もっともっと強くなりたい、決して誰にも願われぬまま、わたしだけがわたしに対して強くなれと拳を握りしてめて祈りつづけられますように。

 

いつまで余韻で生きてんの

ぬるい幸せがこのまま続きますように

夏の終わりに新しい土地へ引っ越してきた。

そこは住所に「高いところでっせ」という意味を持つ漢字が3つ入っていて(マンション名も入れたら4つだ)、毎日が登山。

家までの長い階段と急な登り坂を進むのにも少しずつ慣れてきている。きっと半年後にはわたしの脛は逞しいことになっているだろう。

 

昼休みにはコーヒーを飲みに行くんです、と告げたら穴場の喫茶店へ案内された。別に頼んでいないけれど、普段世間話などあまりしないと聞いていた人からの誘いだったのですべからく従う。その人は歩く速度が速く、あまり笑わない。

案内してもらった喫茶店は煙草が吸えたので「やるじゃん」と思った。

食事のメニューが皆無だったので「おい」と思った。

それでもその店から出ようとしなかったのは、わたしが不器用な優しさに弱いからだ。案内してくれた彼のことを考えると空腹なんてどうでもいいことだよなあと思いながら3時間ぶりの煙草を吸う。自分の空腹は、多分どうでもいいことなんかではないんだろうな。

 

家に帰ると愛する人が居る。

新しい土地に越してきてから、今日までずっとそうだったようにこれからもきっと基本的にそうなのだろう。

 

昨日風呂を掃除しながらHINTOを聴いていたら「ぬるい幸せがこのまま続きますようように」みたいなことをコウセイが歌ってた。

それは本当にそうだよ。

わたしの異様な人生にこれ以上の刺激なんて別に欲しくないから、願わくば、わたしの大切なひとが健やかに毎日を送れますように。願わくば、わたしがわたしの大切なひとを大切に出来ますように。

 

アーメンアーメン

武器

「最初から希望とか歌っておけば良かったわ」


ずっとそれの繰り返し。大丈夫も愛してるも全部リスク回避の為のヒントなの?


愛も夢も一緒に見た景色も「いつか」の約束も全部意味なかった、意味なかったそれらに何かを見出す闘いをずっとずっとしてる、大丈夫じゃないわたしを見られることはいつだって怖い、まだまだ全然怖い。だって誰も削りたくないから。わたしを理由にしたバクワラ舞台を開催して欲しくないしね、あなたが憧れたわたしって本当はこんな形をしているんだよ、駄目だね本当に全然分かってない、わたしの強さも弱さも美しさも汚さも、全然分かってないんだから頼むから憧れだなんて言わないで、それ怖くて仕方がないよ。


わたしは物語じゃなくて生きてる肉なの



夜じゃなきゃバイトも出来ないし、人に言えないようなことたくさんしてきたね、わたしはわたしを引き摺って毎日生きてる、こうしている間にもわたしは毎日死んで生まれ変わって、わたしはわたしの亡骸を引き摺って歩いてる。傷付いてしまうくらいなら、触らないでいいよ。


いつまで余韻で生きてんの


最強でいてよ僕の特別

初めて聴いたときから今の今まで「この曲わたしのこと歌ってる、気持ちいい」と思う曲を作り続けている、わたしにとって特別な超歌手が居る。

彼女の歌う曲はわたしだから、わたしの光だから、愛する人に教えてみたことがあった。言われた言葉は「消してくれない?あなたが手首を切っている想像をしてしまって辛い」だった。
彼女に投げつけられる言葉は未だに廃れない「メンヘラ」という下らない死語。

それからというもの、わたしは愛する人に彼女のことを教えないようになった。それは誰であっても同じことで、「わたしにはもっと特別で、もっと好きで、嬉しくて、キラキラしていて、圧倒的な地獄の最中すらファンタジーにしてしまうものがあるけれど君は分からなくていい」とずっとずっと胸の奥に大切にしまって宝物のように握り締めていた。
どうせ分からないんでしょうという感情と共に。
彼女を否定されることは、わたしを否定されることと同義だから。これはわたしの業だから。

わたしの特別を教えないこと、それはそれで良いのだ。簡単に分かられてしまったら、せっかく汚れた意味ない。
わたしの好きなものを好きになる必要なんてマジで無いし、君のオススメに面白いものはひとつも無くてもそれでもなんか笑える毎日が逆に新しいって彼女も歌ってる。
わたしの愛する作品のことは、これからもわたしが愛し続ければそれでいいのだ。
僕の特別を取らないで。



彼女のライブ映像を観た彼が泣きながら電話を掛けてきた。彼の琴線に触れた証拠だった。
そんなこと、今まで一度だってなかったのに。


「わたしの夢は君が蹴散らしたブサイクでボロボロなライフを掻き集めて大きな鏡を作ること」

靖子ちゃんのタピオカ

ぼくを医者は救えない
ぼくを警察は守れない
あいつを法じゃ捌けない
だからといってきみにかけてしまってはいけない 負担とか 魔法とか 液体とか
ほらやっぱぼくとかいないほうがよかった

ぼくじゃぼくを救えない
ぼくじゃぼくを戦えない
もっと良い顔が欲しかったなって
この顔は幾千の視界を彩ったり 遮ったり 貫いたり してきたんだろう
気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い ぼくが一番
ぼくのこと 気持ち悪い 気持ち悪いって思ってるから もう誰も これ以上 呪いをかけないで

助けて 紅の淵に嵌っては 絶望に慣れた日々
助けて 歪んだ人生を真っ直ぐ生きるからぶつかって痛い 痛い
助けて っつって誰もこなくても平気さ ぼくがぼくを守るもの
叫んで喉が切れる血の味が好きなだけ
憂鬱は 季節に溶かして流してしまえ

きもい川



ぼくを生きるのはぼくだ
きみを生きるのはきみだ
それが交わるとかありえない
心は"ひとりひとつ" 付き合おうが まぐわろうが 歌おうが 結婚しようが
なんとなく "ふたりがひとつ" そんな気になれるだけ
気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い その先にだけ なぁ "ひとつ"じゃない "むげん"が拡がれよ

殺して 抱きしめて離さない大好きな何か それが心なら
殺して この心でダメならば僕は死んでも仕方ない
殺して きみはきみというだけで愛されるべきからだなのだから
きみは僕じゃなくてもリアルに生きられる
僕は僕じゃなきゃやっぱだめみたい

きもい皮




悪口を受け入れた瞬間それがぼくになる
誰かのつくったぼくで生きるのはもう飽きた
きもいかわ 剥がしてよ きもいかわ 流してよ
美しく生きたい 呪いを跳ね除けて

助けて

助けて 紅の淵に嵌っては 絶望に慣れた日々
助けて 歪んだ人生を真っ直ぐ生きるからぶつかって痛い 痛い
助けて っつって誰もこなくても平気さ ぼくがぼくを守るもの
叫んで喉が切れる血の味が好きなだけ
憂鬱は 季節に溶かして流してしまえ

きもいかわ

俺はバックホーンを聴いている

ブルータスお前もかどころじゃあない、もうここまで来ると「次は誰だ!お前か!」になってくる。
実はわたしが知らないだけで、この世には、警戒を解きはじめ心の柔らかいところを開いた瞬間背後から刺されるお決まりのパターンでも存在しているのか?
心を開くとか腹を割るとかそんなのあなたが勝手にやったことでしょうという幻聴が響くのですが大正解です。
ブルータスに刺されまくる人生なのにまだ誰かに対して開いたり割ったり出来る自分が生き残っていたみたいで、それが分かっただけ良かったよ。

この世には色んな人が居て、誰とも分かり合うことなんて出来なくて、けれどその分からなさこそ豊かだと思っているのもまだまだまだまだこの社会の恋愛市場の中ではマイノリティで、密室系が好きな人達がたくさん居て、わたしは全然人間の気持ちも世相も分からなくて、それでも「痛えー」とか「寂しー」とか自分のことばかり考えて救われることなんて無くて、わたしは誰かと交わることでしか綺麗になれないし、わたしの人生地獄のクソダルマだけれど悲しみに花を咲かせ人生は素晴らしいはずだと笑って見せつけない限り生き延びた意味が無いとすら思っているので、今回もこうして、バックホーンを聴いて、イカロスの空ヤベーなとグズグズおんおん泣いて泣いて泣いて、生きております。

わたしはきっとまた、自分の持つ鈍感な暴力によって大切な人を傷付けたのだろう。
あなたは正しい、それでもやっぱり、わたしだって正しい、そんなケンカも生まれぬまま終焉の幕が閉じられることなんていくらでもあるのだろう。

悲しいことにわたしはわたしにしかなれないし、それは希望になり得る。
強くなるには自分の弱さと徹底して真向かうしかなく、わたしはどんどん強くなる、わたしは強くて、あまりにも強くて、とても孤独だ。
それでもいい、誰かを自分の人生の人身御供にして傷付けるくらいなら、永遠に誰にも理解されず孤独に生きた方がマシだ。

何にも隷属せず、唯一の真の忠告者、孤独の言うことだけ聞くように。

ふとした時、誰かと居る時、自分のことがバケモノのように思えることがある。それでも世界の美しさ、人間の強さを諦めないまま生きていきたい。
そうしない限り、わたしはもう一歩だって進むことが出来ないのだから。