三島由紀夫『天人五衰』

お金と力を手に入れたら、その次にほしいものは、出世ですか、それとも幸福ですか。どうせあなたの考えることは、世間一般の凡庸な青年の考えを一歩も出やしないわ。

あなたには特別なところなど一つもありません。

あなたは天から選ばれてなど決してなく
ただ未熟な老いがあるばかり。あなたの一生は利子生活にだけ似合うのだわ。

 

観念の生み出す妄想にいい気になって、運命を持つ資格もないのに
運命の持ち主を気取り、この世の果てを見透かしているつもりでついぞ水平線の
彼方から誘いは受けず、光にも啓示にも縁がなく、あなたの本当の魂は、
肉にも心にも見当たらない。

神様の紙

渡したぶん補うかのように、自分を甘やかさなきゃ甘やかさなきゃと言いつけてあまりにも慣れすぎた染み付いた慣用句を伝えて夜をわたしだけのものにして外へ出る。

自由を思い出すために化粧をしてお酒を飲みに行こうかという思いつきは、どうせ失礼な男をいかに木端微塵にするかに頭をつかい眉間に鈍痛を感じ精神に怒りの熱さを感じることになるのだという経験によって却下される。

眉毛を描かなきゃ外へ出られない不便な身体、コンビニとスーパー、今までの健康的な食事を無に還すパスタとポテチとアイスクリーム。

わたしが何かを求めて赴くとき、いつもチキンは売っていない。

 

一体わたしはどうすれば許されますか、あのときのごめんなさいをわたしはわたしのために発さないべきだった、彼の口の中、舌や前歯や臼歯をよけてよけて、わたしはわたしのごめんなさいを取り戻したい、取り戻したごめんなさいを皿に並べ、わたしはそれを眺め、満足するのだ。

知らない男に連れられ六本木の万ションの中で振るわれた暴力に対して得た対価は4万円。

この4枚で人は不安になったり悦んだりして、この概念は信仰されている。

燃やしちゃえば焔になる、そっちのほうがずっといいと思った。

この暴力に何回耐えれば幸せにしてあげられるかな、そう考えるわたしは死ぬほど馬鹿だけど、それを非難する権利はわたし以外に誰にも持たせてやるものか。

 

ちゃんとできなくてごめんなさい、普通になれなくてごめんなさい、健康的な人間に育てなくてごめんなさい、わたしなんかがあなたを好きになってごめんなさい。

 

それでもわたし、生きてきたのよ

 

 

迷子

たすけてくださいって言いたい

たすけてくださいもう立ち上がりたくないって言いたい

全部棄てて消滅したって生きる限りまたその地で人生は続いて、どうしてこんなにもちゃんとできないんだろうと思う。

ちゃんとできない、ずっとずっと、ちゃんとできない。

ちゃんとできないから大切な人を困らせて、あまりにも業が深すぎるくせに性懲りも無く人と一緒に居たいと願う。

たすけてくださいって誰に言えばいいんだろう、神様に何度祈ってもお金をくれなかったし抱きしめてくれなかった。

七日間(うち一日は安息日)で世界を作るなんて横暴だ。

もっとちゃんと創ってくれたら、もっとちゃんとできるように創ってくれたら、それか産み落とされる前に「お前はこれからとても生き辛い思いをするよ」と教えくれさえしたら、わたしはもう少しだけまともが分かったかも知れないのに、畜生。

たすけてくださいって言うことさえ誰かの苦しみを新たに生成する行為なのかもしれないと、わたしはもうどこに居るのか分からない。

わたしのなかの壊れてない部分

壊れかけて仕事を辞めた。

仕事を辞めてすこし元気になったら、今度は辞めた1ヶ月分の生活費のことが脳内をぐるぐるぐるぐる廻りはじめ、金策のためにとても嫌で心の底からかったるい仕事に手をつけはじめた。

とても嫌で心の底からかったるい仕事は、良い職場を探すことがとても難しく、大抵求人情報は詐欺である。

すこし元気になった体と心が、またすこしずつ壊れはじめている気がする。

止まっていいよとやさしいひとは言う。

じゃあ止まらせていただきます、ありがとうございますと言わないのはどうしてだろう。

このまま止まらないで泳ぎ続けて、ほんとうにそれはもう完璧に壊れてしまったら、その時わたしはどう感じるのだろうと思う。

自分のことしか考えられない下らないわたしは、きっと一瞬ほっとするだろう。

これでもう止まっていい(止まるしかない)理由が生まれたと、ほっとして、やっと休まることができるだろう。

大人になって、クソ野郎になった

十代の頃のわたしが今のわたしを見たら、一体なんて言うだろう。

思春期が終わって、特に訳もなく泣きたくなったりもしなくなって、文章が書けなくなって、生活は相変わらず潤わなくて、繊細さが傲慢さに変わって、素直にか細い感情を吐露するかわりのように咄嗟に笑いを選んで、大切な誰かを傷付けるたびにまたやってしまったと己を心の底から恥じる。

十代の頃の苦しみを、ずっと憶えているつもりだったのに。

悔しくて悔しくて、夜を走る電車のなかであの頃聴いて聴いて聴き込んでいたバンドの曲を久しぶりに聴いた。

「笑うが良い

僕は暗闇でジタバタ

叫ぶが良い

迸る命 若さよ」

 

情けないわたしは、隣に座る十代の彼女に、十代の頃のわたしがずっと言って欲しかった、ずっと求めて、求めて、これでいいはずだ、正しくても間違っていてもどっちだっていい、これで生きていくんだと拳から血を流しながら試し続けた言葉を伝えた。

命懸けで逃げていいと、情けないわたしが伝えた。

ランタンパレードを聴いている

音楽で癒せない痛みや苦しみがいくらでもある

これみよがしの繊細さ いやそれは面の皮の厚さ

風が悪びれずに様々な葉を散らしてしまう

 

だけど今もどこかの曇り空の下で誰かが太陽の光を見つけている

 

ああ、みんながみんな拒否をすれば良かった

みんながみんな怖がれば良かったのだ


だけど今もどこかの青空の下 母と子が手を繋いで朗らかな声を上げ歩いている

 

 

天国でも地獄でもない場所で色んな液体を流しながら生きている

それでも進んでいかなければならないというわけではないはずなのに

意味を生きる 自分の存在が無くなることと その時に伴う苦痛への恐怖だけが 人を突き動かしているというのか

いや そうではないと おもいたい

畜生なぜだか 悔しい気持ちでいっぱいだ

彼女に言い忘れた言葉

ただ日々を生きる

別れを惜しんでいつまでも手を振る一人の男が手を振るのをやめて背を向ける瞬間の感情を切り取ってみたりしながら

もし人が醜いだけの存在なら、世界はもっと醜悪でもあっていいはずだ

都合のいい奇跡なんて起こらないだろう

響きのいい言葉に踊らされたくないけれど

この先何が待ち受けているかなんて分からない 今から分かりたくもない

崇高な魂なんて持ち合わせちゃいない

でも 否定できないものがあることを 知っているつもりではいる

ああ なぜだか 悔しい気持ちでいっぱいだ

彼女に言い忘れた言葉

 

流転する草

「根無し草としてしか生きられない」といつかの友達が書いていた言葉を読んで、わたしもそうだよと心のなかで呟いてから煙草を揉み消して仕事へ行った。

 

わたしは仕事が嫌いだ。

今の職場は、家から遠いことと、派遣雇用だからいつ職を失うのかとたまに翳ることくらいしか分かりやすく精神へ響く困り事が無い。

わたしにしては珍しく虐められもしないし、仕事もそこそこ覚えてきた。

昼休憩以外の、確約された10分休憩もある。これは、ド観光地にある個人経営の飲食店や歯科医院、はたまた夜のお姉さんとして働いてきた自分にとって初めてのことだ。

それでも仕事が嫌いだ。

苦痛で苦痛で仕方ない。

出来れば家に居て、好きなひととずっとくっついていたい。

その日観た映画の話を、帰ってきた好きなひとに伝えたい。

好きなひとと一緒に食べるご飯を、音楽を流して踊りながら拵えたい。

その日の雨や太陽に、雨や太陽というそれ以上の意味を与えたくない。

「5日間も休んじゃったな」と思いながらタイムカードを見返したら、7日間休んでいた。

仕事の無かった日々はキラキラと煌めいて、生き生きと飛び跳ねる感情は自由で、あんなにも幸福に一瞬で過ぎ去っていた。

残酷だとおもった。

 

今の職場で働きはじめて、まだ2ヶ月と少ししか経っていないのに「ここに居すぎたな、もう全部棄てたい」と思い始めている。

わたしはいつだってそうだ。

職場で話しかけられることはストレスで、プライベートに関することになればなるほど、窮屈に感じる。

放っておいてください、と思いながら、何にも気付いていない眼を作る。でも人は放っておいてくれない。

 

みんなどうしてるんだろう。

「みんな」になんて興味無いくせに。

「あなた」にしか興味が無いから、ずっと生きることが大変なくせに。

あなたをあなたとして見ていたら心が壊れてしまう場所に、わたしは明日も行く。